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電子書籍が備えるべきアクセシビリティ機能とその基盤となるデータ形式

MURATA Makoto edited this page Jul 11, 2023 · 20 revisions

2022-07-09

日本DAISYコンソーシアム技術委員会


1. はじめに

電子書籍のアクセシビリティ機能としてどんなものが必要かを報告し、音声読み上げだけでは十分とは言えないことを示す。また、必要とされるアクセシビリティ機能の基盤としてどんなデータ形式が望ましいかを論じる。

2. 国会図書館の障害者対象アンケート

国会図書館が発行した「図書館におけるアクセシブルな電子書籍サービスに関する検討会 令和3年度報告書」の4章において、障害者を対象としたアンケートの結果を示している。その中から「Q18. あなたが今後、電子版の書籍に備えてほしい機能はどれですか?(複数回答)」の集計結果を引用する。

  全体(n=739) 全盲(n=251) ロービジョン(n=162) 上肢障害や全身性障害等(n=118) ディスレクシア(n=103)
音声読み上げ 509 (68.9%) 215 (85.7%) 124 (76.5%) 72 (61.0%) 64 (62.1%)
詳細読み 212 (28.7%) 138 (55.0%) 45 (27.8%) 13 (11.0%) 15 (14.6%)
文字の拡大 209 (28.3%) 4 (1.6%) 85 (52.5%) 49 (41.5%) 45 (43.7%)
色反転 91 (12.3%) 7 (2.8%) 56 (34.6%) 3 (2.5%) 16 (15.5%)
読みやすいフォントへの変更 193 (26.1%) 14 (5.6%) 71 (43.8%) 25 (21.2%) 50 (48.5%)
文字間・行間の調整 170 (23.0%) 14 (5.6%) 51 (31.5%) 29 (24.6%) 53 (51.5%)
縦横の変換 75 (10.1%) 6 (2.4%) 27 (16.7%) 9 (7.6%) 20 (19.4%)
単語へのルビの付与 125 (16.9%) 35 (13.9%) 19 (11.7%) 16 (13.6%) 41 (39.8%)
分かち書き 76 (10.3%) 30 (12.0%) 12 (7.4%) 6 (5.1%) 24 (23.3%)
ハイライト 49 (6.6%) 6 (2.4%) 18 (11.1%) 4 (3.4%) 17 (16.5%)
点字ディスプレイへの表示 124 (16.8%) 103 (41.0%) 16 (9.9%) 4 (3.4%) 2 (1.9%)
その他 50 (6.8%) 6 (2.4%) 2 (1.2%) 0 (0.0%) 0 (0.0%)

すべての障害種別において、もっとも多くの人が必要としているのは音声読み上げである。しかし、それ以外のアクセシビリティ機能の必要性については、障害の種別によって大きく変わる。以下に、障害種別ごとに必要性が高い順に示す。

  • 全盲では、点字ディスプレイ、詳細読み。
  • ロービジョンでは、文字の拡大、読みやすいフォントへの変更、色反転、文字間・行間の調整、詳細読み、単語へのルビの付与。
  • 上肢障害や全身性障害等では、文字の拡大、読みやすいフォントへの変更、文字間・行間の調整、単語へのルビの付与、詳細読み。
  • ディスレクシアでは、文字間・行間の調整、読みやすいフォントへの変更、文字の拡大、単語へのルビの付与、分かち書き、縦横変換、ハイライト、色反転、詳細読み。

3. 日本の障害者全体のうち各機能を必要とする人数(推定値)

国会図書館のアンケート結果は、各アクセシビリティ機能ごとに必要だと回答した合計人数(全体(n=739)の列)を示している。しかし、この合計人数が多ければ多いほど、日本の障害者全体のうちでその機能を必要とする人数が多いというわけではない。障害種別ごとにアンケートがカバーできている率がまったく違うからである。

たとえば、詳細読みを必要と答えたのは212人であり、文字間・行間の調整が必要と答えたのは170人である。しかし、日本の障害者全体を考えた場合、文字間・行間の調整を必要とする人数のほう圧倒的に多いだろう。なぜなら、詳細読みをもっとも必要とする全盲は日本に20万人程度だが、アンケート回答者は251名である。一方、文字間・行間の調整をもっとも必要とするディスレクシアは、少なめに見積もっても人口の5%として650万人だが、アンケート回答者は103人に過ぎない。したがって、ディスレクシアが必要とするアクセシビリティ機能については過小評価になっている。

過小評価・過大評価にならないように補正するには、障害種別ごとの人数を知る必要がある。障害種別ごとに人数を示した資料は見当たらないが、2018年に慶應義塾大学Advanced Publishing Laboratoryが「紙の本が読めない 読み難い状況とその原因」でさまざまの資料を参照してデータを示している。

示したデータに基づいて人数を補正すると、順序は次のように変わる。なお、ここでは全盲が19万人、ロービジョンが145万人、上肢障害や全身性障害等が176万人、ディスレクシアが650万人として計算している。

  必要とする日本の障害者数(推定値)
音声読み上げ 約640万人
文字の拡大 約430万人
文字間・行間の調整 約420万人
読みやすいフォントへの変更 約420万人
単語へのルビの付与 約300万人
分かち書き 約170万人
詳細読み 約170万人
縦横の変換 約160万人
色反転 約160万人
ハイライト 約130万人
点字ディスプレイへの表示 約40万人

4. 国会図書館の障害者対象アンケートに入っていないアクセシビリティ機能

4.1 ナビゲーション

「図書館におけるアクセシブルな電子書籍サービスに関する検討会 令和3年度報告書」の1章では、ここまで説明した機能のほかにナビゲーションという機能がある。電子図書館サービス事業者へのヒアリング結果(別紙3-2)では、ナビゲーションを二つの機能にさらに分けてヒアリング結果をまとめている。

  1. 目次から各章や節にとぶ機能
  2. 一定の幅を単位に読み飛ばしたり戻ったりする機能

しかし、ナビゲーションについては障害者対象アンケートにはなぜか含まれておらず、ナビゲーションを必要とする障害者の人数については不明である。

日本DAISYコンソーシアムのこれまでの経験からすれば、ナビゲーションを必要とする障害者はきわめて多い。EPUBの文書構造を生かした音声読み上げによる読書の利点を参照

4.2 聴覚障害者に必要なアクセシビリティ機能

聴覚障害者が読書するために、どんな必要なアクセシビリティ機能が必要かは、これまでほとんど検討されていない。国会図書館の調査でも対象としていない。

一方、聴覚障害者の読み書き能力は平均的にみるとディスレクシアを下回るというイギリスからの報告がある。聴覚障害者は音から言語を習得できないことが原因だと思われる。

聴覚障害者に有用であることが分かっているアクセシビリティ機能としてルビがある。漢字の読みを耳で確認できないため、正しい読みを知るためにはルビが必要になる。また、文字ではなく図によって内容を分かりやすく説明することが、理解を助けるといわれている。

5. 健常者に有益なアクセシビリティ機能

アクセシビリティ機能を充実させ、ボーンアクセシブルな電子出版を進めることはマーケットを広げるかもしれない。様々なアクセシビリティ機能は健常者にも有益だからである。例えば、高齢者が電子書籍を利用したのは文字拡大が理由だと言われており、それが今日の普及に繋がっている。

漢字に弱い子供のためにルビが必要であるという指摘もなされている。ナビゲーションも健常者にとって有益なことは疑いない。書籍ではないが動画に字幕を付けると再生数が伸びることが知られている。

6. アクセシビリティ機能のベースとなるデータ形式

考察したアクセシビリティ機能のほとんどは、フラットテキストでは実現できない。実現できるのは、音声読み上げ、詳細読み、点字ディスプレイへの表示の三つにとどまる。それ以外の機能は、文書構造を利用するか健常者向けのレイアウトを利用して実現される。音声読み上げについても、EPUBの文書構造を生かした音声読み上げによる読書の利点をフラットテキストでは享受できない。

フランスでは、出版社にフラットテキストを提供する義務が以前から課されている。しかし、フラットテキストを提供すれば欧州アクセシビリティ法の要件を満たすとは見なされていない。フラットテキストの提供有無に関係なく、欧州アクセシビリティ法を満たす電子書籍の提供が要求されている。

日本でも、同様のことがいずれ起こると考えられる。すなわち、フラットテキストを提供しても、アクセシブルな電子書籍の提供は要求されるだろう。

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